山行記録/会山行/2009/春合宿/槍ヶ岳 北鎌尾根〜前穂高岳

Last-modified: 2010-03-16 (火) 23:25:05 (3199d)
山域北アルプス・槍ヶ岳 北鎌尾根〜前穂高岳
日程2009年5月1日−2009年5月5日
参加者2名

Photo

arround,nolink

コースタイム

5/1 豊科(13:40)->高瀬ダム(15:05)->(17:27)湯俣 晴れ 

5/2 湯俣(04:42)->(06:43)中東沢->(12:03)千天出合標識->(13:42)P2取り付き->(15:19)稜線->(16:08)P2 晴れ

5/3 P2(05:13)->(07:50頃)P5トラバース->(08:17)P6トラバース->(08:31)P7懸垂下降->(11:21)独標1P->(12:06)独標->(15:02)北鎌平 曇り時々晴れ

5/4 北鎌平(05:20)->(06:23)槍ヶ岳山頂->槍ヶ岳山荘(07:48)->(10:10)大キレット->(15:30)北穂高岳 曇り

5/5 北穂高岳(05:26)->(08:00)奥穂高岳->(09:35頃)紀美子平->(11:40)登り返し開始->(12:35)前穂高岳->(15:51)河童橋 晴れ後曇り

タマキチの記録

今年の春合宿は北鎌だ! いつかは行きたいな〜と漠然と思っていたのが現実になろうとしてた。 いろいろ検索すると、徒渉が核心のようだ。しかし、北鎌をやるなら末端からやりたい。メンツも去年同様こーさかさんと二人だ。 去年の鹿島槍東尾根の時の反省で軽量化を心掛けた。お互い一回り小さいザックに収めた。ザイルも50にするか30にするかで悩んだが、懸垂は長くて15m、撤退は毛頭考えにない(快晴続きの予報)で30mを持参。徒渉の際、沢たびでという記録もあったが、登攀中は荷物になるので靴下で、服は合羽だけで渡り着乾かすで同意。どれだけ時間を要するかも見当もつかないので、1日早く出発。おかげで、高速1000円の恩恵に与れず。まっゲートが6時半から18時半までなので、少しでも先を行きたかったし、湯俣の温泉も入りたかったし。9時まで仕事、10時半出発。高瀬ダムには15時に着いた。ここから2時間強ヘロヘロだった。明けでこんなに歩くのは初体験、二度としないと誓った。満天の星が勇気づけてくれる。 

5/2

最初の徒渉は5:13。いや〜身を切る冷たさよ。と安堵したのも束の間、2度目の徒渉は10分後。さらにその後計12回の徒渉が待っているとはぁ〜。沢たびでP2取りつきまでというのも頷ける。我々のように履き替えるとなると、1回の脱ぎ履きで10分は要し×12回で2時間のロスだ。それでも、この日11時間半行動の末、P2頭に到着。うっすらトレースはあるもののGW後半の北鎌トップだぜ〜。

5/3

快晴、快調に前進、っとさっそく抜かれる。単独と二人Pに。いやいやツワモノだね。やせ尾根だったり雪壁だったりするけどトレースがあると、しかも快晴だとなんてことはない。くねくね尾根がくっきりと独標まで見渡せる。これはP3かな4かな? と話してたら5と6だった。この6のトラバースは凍ってて緊張、と慎重に足を出してたらこーさかさんが大きな石を落した。。いや〜焦った〜。当人も擦り傷を負ったがそれですんで幸いだ。2人Pとは抜きつ抜かれつ。で、P7からの懸垂下降。この先では私が岩にうっすら付いた雪にちょっと滑らせ焦った〜。お互い慎重にと気を締めなおし歩を進める。もう、北鎌のコルは目前、そこからは舗装道路並みのトレースとなっている。やはり、大人気ルートなんだね。これじゃ、核心部は渋滞か? 時間も早いし、このトレースじゃ、北鎌平までは行けそうだ。P8も超え、9の天狗の腰掛も過ぎ、いよいよ独標だ。直登と巻きにトレースが付いているという。どこどこ?直登ルートはどこ? っと、数m先行していた2人Pが「お〜槍が見えたよ!」だって。 ん?独標超えちゃった? あっけなく核心通過。確かに今んとこの雪壁は垂直並みだったけどねって感じ。ビール目指して槍をも超えん勢いもあったのだが、10時間行動のすえ15時に北鎌平に到着。ここからあと2時間はしんどいか。北鎌平は槍の肩と違い、北鎌を上がった有志の場という思いもありここに幕営。2人Pも幕営のよう。徒渉はどーした?明日の行程は?などなどお互いの労をねぎらう。 

5/4

出発の前になんとポールを紛失。風もあり急いでフライ、本体と撤収してたんだが気づくと1本ポールがない! あ〜これでキレット越えは不可能か。今日中に下山か。とにかく、目の前の槍穂先を目指しアイゼン効かせ踏んばるのだ。6:19槍山頂着。涸沢に合流でツェルトで寝るか、北穂山荘泊としキレットを超えるか、、、テントなしじゃキレット通過は不安が大きすぎる。 ん?2人Pは今日下山、テントは同じエアライズ2だったはず! 40分も早く出発した彼らが山荘にいることを願いつつ、階段を下りる。神様っているのねえ、一休みし出発するところの2人Pからポールを譲り受けることができた!!これで、今日は北穂を目指せる。 キレット越えだ。キレット初っ端の急下降がコリンコリンの雪壁で緊張したが、トレースあり、ペンキマークありで安心。足もとが岩稜でアイゼンなのでゆっくり慎重に行けば、北鎌並みの面白さがあった。遠く穂高連峰が見え、振り返ると槍が居る。いや〜絶景だね。北穂山荘までが長く、急勾配でしんどかった。が、山荘に着いたら拍手喝采。槍から来たといったら絶賛された。テン場も整地された跡を使わせてもらい、たんまりビールで乾杯。ここまで来たら奥穂・前穂とピークを踏み岳沢経由で下山に変更した。

これ以降の報告は反省と対策に準ず。   こーさかさん、いろいろあったけど、充実しました。ありがとうございました。

(記録:タマキチ)

こーさかの記録

5/1

10:30に東久留米を出発し、上信越道経由で豊科の南安タクシーには13時過ぎに到着。タクシーを乗り継いで高瀬ダムの歩き始めは15時。桟道の崩壊もなく、湯俣には明るい内に到着することが出来た。タマキチさんの希望で吊橋を越えて湯俣川を少し進んで温泉の出ている河原で幕営。温泉と焚き火でささやかな宴会を開く。

5/2

3時起床、4:40発。下着に直接雨具を履いて渡渉に備える。吊橋まで戻って道標を確認して千天沢の左岸に残る踏み跡を追う。30分もせずにザレた崩壊地に行く手を阻まれ、早速の渡渉。靴下を履き替えて靴を仕舞い、二人してスクラムで渡り切る。太腿までの水は当然冷たいが、3月の大朝日程ではなかった。右岸を少し進んですぐに行き詰まり、また渡渉を迫られる。足の痛みは先ほどの渡渉から回復していないのに。高巻きらしいルートは見つからず、慣れてきたことと水温が上がって来たことから次第に渡渉にためらいが無くなるが、靴の履き替えがいちいち面倒くさい。 千天出合が見えてからも渡渉を強いられ、また右岸で一箇所、軽い巻きで空身で5m程登ってザックを引き上げた箇所があった。千天出合は北鎌尾根が立ち上がっており迷うことはない。右岸にある出合の標識は殆ど雪に埋もれていて、過去の記録より残雪は多いようだ。P2への取り付きは左岸であるので、流れの浅いところを選んで(最後の渡渉と信じて)移り、目印を探しながら雪渓の上を歩いた。天上沢が南南西にはっきりと屈曲するあたりで尾根地形が見られ、平らな台地には金属プレートの嵌った道標が「北鎌尾根↑」と指していた。河原に赤テープがあることも確認し、いよいよ登り始める。しっかりした木や岩を掴んでの登りで、地面はところどころに雪が被さる。私は土壁にも有効ということでアイゼンで登る。2時間程も頑張って稜線に出ると樹林帯の中の平坦地で、テント4張は行けそうだ。少しでもアドバンテージを稼いでおくため、この快適なテン場を捨てて先に進むとP2の山頂には疎林に囲まれた一張りに丁度のテン場があった。疲れは無いが時間が掛かった一日だ。渡渉は結局12~13回くらいか。今日から高瀬ダムに入った組はここまでは来ないはずだ。去年の鹿島東と同様にアドバンテージを取れた。

5/3

5時過ぎに行動開始した時点ではひとまず先頭だ。しかし程なくして単独の男性に抜かれてしまう。この速さなら仕方が無い。トレースはしっかり着いているようで、P5の天上沢側のトラバースも迷うところはない。締まった雪をタマキチさんは正面を向いて歩き、私は山を向いてひーこらと進む。P6の千上沢側トラバースで、タマキチさん通過後に私が大落石を起こしてしまう。思えば掴んだ岩は今にも剥離しそうな状態だった。そして順調なペースでP7に到着。30mロープでも余裕の懸垂一回、3mのトラバースと少しのクライムダウンで北鎌のコルに降りた。ここからは北鎌沢の出合から上がって来る大量のパーティーと合流し、トレースはバケツ状態。ペースも上がり、北鎌平までは行けそうだ。快適な雪稜歩きが暫く続き、そろそろ独標、最初のピッチが悪いらしい。10m程の凹角の左は雪、右は岩になっていて、上部が少し立っているところがあり、結構緊張した箇所があった。タマキチさんに続くと雪がバサバサと落ちてくる。雪にスタンスを、岩と岩場のチビた這松にホールドを求めて何とか通過。後続4人Pはロープを出していた。思えばこれが独標の最初のピッチだったか。私は精神的にかなり消耗した。ここで11:35の無線交信の最中に同じく湯俣から上がってきた2人Pに抜かれてしまい、独標まだかなーと思っていたら2人Pが「穂先が見える」のようなことを言ったらしい。あっけない独標直登。 夏に来たときにはここからのクライムダウンでのザレ場が怖かったが、雪のある今回はそれよりは易しいように思われた。それでも緊張による疲れが大分蓄積している。慎重で居続けることに耐えられない。タマキチさんは穂先を越えるかもと言っているが、大休止無しでは無理と回答。P15は直登の後、残置スリングを使って15mの懸垂下降。その先は特に困難もなく北鎌平に到着。先行者は穂先に向かったようで、まだ幕営者は居なかった。結局ここで行動終了として頂く。続々と後続が到着し全部で5張になったが、まだまだ余裕の広さだった。

5/4

撤収時にテントのポールを紛失してしまい、相当落胆していたタマキチさんには申し訳ないけれど、あぁこれで槍沢から下山できると安堵の息。穂先の基部で北鎌尾根を下降路に使うPとすれ違う。朝の雪は締まっており前爪が良く効くが、立った雪壁となにもない足下に緊張する。そして夏には残置を掴んだチムニーは、逆に雪で埋もれてなんでも無く通過し、簡単な岩稜を越えて穂先に到着。達成感よりも解放されたとの安心感が大きかった。槍ヶ岳山荘にはマイペースで到着すると、同型テントの先行Pに追いついてポールをゲットして御機嫌なタマキチさんがいた。まぁあとは体力でなんとかなるでしょう(と思っていた)。南岳までは極楽至極な稜線漫歩で、越えてきた槍ヶ岳がどんどん遠くなるのが名残惜しくもあった。さて、大キレットに突入。先行者を追って南岳小屋から真っ直ぐに稜線通しに進んだら切れ落ちていて、後ろのタマキチさんから「こっちだよ」と飛騨側の夏道を進むとのこと。ホノボノムードが一転して後ろ向きのクライムダウンを強いられる。トレースも北鎌後半より少なく、これが一般登山道だとはちょっと信じられない。落ちても概ね怪我で済みそうなのがせめてもの救いだった。苦手な下りを繰り返して最低鞍部に着いたときは気持ちも落ち着いてきたが、北穂はまだまだ遠い。岩場はまだ良いが時折現れる長い雪面トラバースは相変わらず恐ろしい。北穂に着いたときには既に北鎌なんて遠い過去のことのように思えた。さて、北穂小屋のテン場は夏場と違い小屋から程近いところに張らせて頂き、しかもビバーク扱いで幕営料なし! テン場では横浜蝸牛の2張と一緒になり、「前穂ですか?」の質問に、「北鎌からです。訳分かんないでしょう?」と苦笑いで答えた。大量のビールを仕込んで、残量十分のガソリンで衣類を乾かして北鎌とキレット越えを同時に祝った。

5/5

朝の筋肉痛にはもう慣れた。関節の痛みはないのでタマキチちさんの希望で岳沢経由の下山ルートを取る。出発時には素晴らしい朝焼けが、奥穂につく頃にはガスで視界が悪くなってきた。吊尾根に入って一気に薄くなったトレースを追う。途中で分岐を示す道標があった。私は無雪期に来たことがなく稜線沿いのトレースを歩くのかと思っていたが、タマキチさんは紀美子平へのトラバースを探しているようだった。3人Pとすれ違って尾根上の平坦地で無線交信の後、一本のトラバースのトレースを追って重太郎新道入った。下りのトレースは無いが、コンパスで確認すると尾根は合っているようだ。白丸の目印も見られる。岩場のクライムダウンや雪面後ろ向きのキックステップで下降を試みるも岳沢までの下降は難しいようだ。11:35の交信でK原さんと繋がり、重太郎新道がこの時期に使えないこと、K原さんたちは前穂から奥明神沢を下降したとの情報を得る。まずは前穂まで登って再度検討ということになり、岩稜を登り始める。降りるよりは数段楽だ。丁度山頂に到着したときに交信時間となり、K原さんから奥穂経由の下山、奥明神沢をダブルアックスで下降のアドバイスと、奥又白へのトレースに引き込まれないようにとの忠告を頂く。幸いにして奥又白から上がって来たパーティーがあり、明神に続く稜線には、それとは反対側にしっかりしたトレースが確認できた。吸い込まれそうな高度だが、何人も下降したらしくステップはしっかりしている。途中でタマキチさんを随分と待たせながら、時々山側を向きながらゆっくりと下山した。小梨平では丁度お風呂に向かう皆さんとすれ違い、感動の合流を果たすことが出来た。豪勢な食事と大量の酒で迎えてくださった皆様、ありがとうございました。

【反省点】

1.ロープを出す出さないの判断が非常に難しい。去年の鹿島槍東尾根のように核心部分が明確に見て取れるルートで無かったこと、登攀技術的にはそれほど難しい箇所はなかったことから結果的に登りでロープを出すことは無かったが、万が一落ちれば怪我以上のことになる箇所は一度ならずあったと思う。先が見通せない箇所では先頭がロープを持つべきと感じた。

2.北鎌平で前穂まで進む計画を提案されたときには、自分は地形図の用意や下調べがなかったにも関らず強く反対はしなかった。一般登山道ということで甘く見ていた部分が大きかったと思う。重太郎新道の下降をしている間は、下降に対する危うい感じはともかく奥穂まで引き返して一泊しても下山出来ると考えていた。実際には早めにそう決断したほうが安全だったように思うし、北原さんからの情報がえられなければそうしていただろう。

3.奥明神沢の下降の時から右足を痛め、下山後の診察では静脈に血栓が出来ていると診断された。冬靴をきつく締め付けての連日の長時間行動が原因らしいが、凍傷などの大きな怪我にならないよう、対処方法を考える必要がある。

【装備について】

1.シュラフ(羽毛450g)、シュラフカバー(マット無し、ダウンジャケット無し)で軽量化と小型化。強風に吹かれることがなく、また、一番冷える時間には起床するために寒さで困ることは無かった(私は寒さに強い方)。

2.スコップを省略する代わりにテント一式(タマキチ)、ツェルト(こーさか)とした。結果的にテン場に恵まれて整地に困ることは無かったが、二人ならば多少荒れた地面でも調整可能と考えた。

3.ガスストーブと大ガス缶(タマキチ)、ガソリンストーブと燃料880ml(こーさか)は、初日を焚き火で賄ったことや重い雪質で水作りの効率が良かったこともあり、ガソリンは200ml程余った。ガス缶にも余裕があった。ガソリンのタンクをもう一サイズ小さくしても良かったかもしれない。

4.ロープは8mmx30mで十分であった。撤退を考えれば足りないであろうが、そもそも同ルート下降による撤退の困難なルートであるためその方法は検討せず、悪天候時には停滞によりやり過ごす計画であった。

5.渡渉対策は靴下を使用した。後続はネオプレーンの沢靴下に滑り止めを着けて、渡渉の手間を省いていたようだ。北穂で会った蝸牛の人の話では、水中でも滑らない運動靴が有効とのこと。

6.ザックは45Lで一杯だった。初日の前祝いワイン(1L)を入れても21kgを下回ることが出来た。

(記録:こーさか)